いつまでくすぶり続けるの?

みんなが日々悶々とくすぶっている状況から、次の一歩を踏み出してくすぶり続け無い為の情報サイト。 そんな私が一番くすぶっているのは内緒。

33年間生きてきて、努力と才能について考えること

世の中で努力するって大切なことですよね。
一つのことに努力して一生懸命に取り組んでいる姿は、日本人として美しくみられることです。
ただ、これまでの人生で感じることは、努力でたどり着けるところには限界がありますよね。
sainou

もともと才能を持っている人には、努力では追いつけない壁があります。
才能がある人が努力することで、成功を収めることは当然のこととして、才能がない人がいくら努力しても、才能の壁は乗り越えられないんじゃないかと。

例えば、野球選手のイチロー選手なんてものすごくわかりやすいですよね。
もともと備わっている身体能力もありますが、イチロー選手は頭もいいですよね。
イチロー選手のインタビューは時折イチロー節といわれるような、独特な言い回しをしていますが、あの答え方は常に自分がどう考えて、どう実践したかを的確に言葉に出してインタビューに答えています。
ということは、イチロー選手は常に自分がどういう練習をして、どういうコンディションを作れば最高の結果を生み出せるかを考えているわけです。
その結果が、今のイチロー選手の実績につながっています。

身体能力も人より秀でているものを持っていて、さらに、努力ができる、考えるたことを実践できる才能も持っていたわけです。
 もしもどれか1つの才能が欠けていたら、今以上の結果をイチロー選手は残せなかったのかもしれません。 

また、これまでの経験の中でも才能の壁を感じることもあります。
それは、運動と勉強です。
学生時代はこのどちらかが優れていると注目されますよね。
どちらも一定の努力で一定のレベルまでは到達できるものですが、学年で1番足が早い人には足が速いという才能があり、才能があるからこそ走ることを好きになって、一層早くなろうと努力もできるものです。
これは勉強でも同じことが言えます。
勉強の才能がある人は、同じ勉強方法でも1回で吸収できる情報量が違います。
私が10回繰り返して覚えることを1回で覚えることもあります。
それだけ勉強ができると、勉強も楽しくなりますよね。
誰にも負けたくないから勉強をする努力も惜しまなくなることでしょう。

日本人は誰かが努力している姿を見て、その人が成功することに美徳を感じやすいですが、これまでの人生でどうしても『才能の壁』を感じずにはいられません。
努力できることさえも才能ですよね。

私がもう少し努力できる才能を持っていれば、今とは違う人生を送っていたこともあるでしょう。
だけど、努力できる才能の限界が今の状況なわけです。

この世で幸せなことは、どれだけ早く自分が持っている才能にいち早く巡り合えるかじゃないですか。
誰しも、これだけは人に負けないという才能を何か1つ持っていると考えているので、その才能に巡り会えた人はきっと人生を豊かに、楽しく過ごしていける人たちだと思いますし、不運にも巡り合えることができずに人生を過ごす人もいることでしょう。 

そんなことを考えていると、自分の子供には、早いうちから多くのことを体験してもらいたいですよね。
まだ子供だからってことではなく、自分がそれまでに考えたこと、経験したことは全て伝えること、そして、それを聞いて子供に考えさせる、自分で行動させることが子供の才能に巡り合うチャンスを作ってくれるんじゃないかって、そう考えています。

ただ、頑張ることや努力を否定しているんではなくて、努力することでどんなことでも一定のレベルはまでは誰でも到達できるんです。
だけど、一定のレベルを超えるためには『才能の壁』が存在していると感じる機会がこれまでに幾度もありましたし、その壁を越えられるのであれば、それは才能があるってことなんじゃないかと考えてます。
 
じゃ、その壁って何なんだよって話にもなりますが、その物事を心から楽しめるか、ずっとやっていても飽きないか、そういうことなんでしょうね。 
そう考えると自分にとっての才能って、いまだに見つかっていないような気がします。